自転車にハマり始めたワケ

今から約10年前のことです。
当時の僕は夢と現実の間で葛藤するのに絶好の年代、20代の半ばでした。
仕事も私生活もいろいろあり、将来の夢というやつがキレイさっぱりと無くなって、さーてこれから何を目指して生きることべきかと悩んでいました。

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悩みがあったら書き殴れ

東京から地元に戻り、働きもしない。
平日も休日も関係なく近所の図書館にこもっては、浮かんでくる不安や、将来の夢、過去の印象に残っていること、お世話になった人との思い出などなど、とにかく頭の中に浮かびあがる考えをキャンパスノートに書き殴っていました。

小さな頃からの癖のようなもので、僕は大きな悩みを整理する時はいつもこうしています。
文字にして目の前に書き出していくと、答えのない問題も不思議と解決策が見えてきます。

ノートが丸2冊埋まる頃、ようやくにして悟りを開きます。
「よし、旅にでよう」と。

まだまだ若造の自分が手持ちの経験だけで、生き方を決めるのは早過ぎる。
もっと世界というヤツを見ておこう。そう思ったわけです。

盛り上がらない旅の始まり

一応は世界1周を目標に掲げつつ、臨機応変に行き先を変更、心の底から「帰国したい」と思う出来事に7回出くわすまでは帰らないという、ゴールがあるのかないのかよく分からない自分ルールを設定しました。

高校生が部活の道具を入れる程度のボストンバッグに最低限の荷物と、青春18切符、それとパスポートだけを持ち実家を飛び出しました。
旅は身軽が一番です。
必要なものは旅先でも大抵手に入りますし、道中で捨てられないものを持って行くのが何よりの重荷になります。

山口県から中国に船で渡り、それを皮切りに陸路で移動を続けていきました。
旅といっても実際はバスや電車に乗って、車窓の外を眺めている時間が移動の大部分です。
町から町へ点と点をつなぐ旅。
僕のような外国人が簡単に利用できる交通路ですから、当然大きな町への移動が中心です。

どこに行っても自分と同じ旅行者、そして彼らを商売のタネにする外国人慣れした現地の人々。
観光名所や地名、言語は変わるものの、本質的には変わらない気がしていました。
果たしてこれが自分のやりたかった旅だったのかと、肩透かしを食ったような感覚が消えませんでした。

師匠との出会い

のんびりペースで周り、東南アジアのラオスのサワンナケートという町にたどり着いたのは実家を出てから約2ヶ月が経った頃でした。
ラオスの中では大きい町といっても、旅行者にはそれほど有名でないこの町を訪れたのは、少しでも旅に変化を求めてのこと。

前日に泊まっていた宿の旅行者ノートにあったお勧めの宿にたどり着きました。
ところが残念ながら、まさかの満室。

がっくし来ていたところに声をかけてきたのが、僕の自転車の師匠となるドイツ人のクリスでした。
精悍に日焼けした顔に人懐こそうな笑み、東南アジアの乾燥した泥がベッタリと張り付いたランドナー呼ばれる自転車、前後輪の横に括りつけられた4つのオルトリーブ社製のパニアバッグが印象的でした。

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クリスはたった今チェックインしたばかりで、唯一空いていたツインルームに荷物を運びこんでいました。
一人旅をしていた彼は相部屋でも構わないというので、宿代をワリカンして泊まることにしました。

メコン川の横にあるローカルレストランで、ラオス式の鍋に舌鼓を打ちながら聞く彼の自転車冒険旅行の話は、まさに僕の求めていた旅そのものでした。

彼はタイ⇨カンボジア⇨ベトナム⇨ラオス⇨タイと廻る自転車旅行の真っ最中で、その前は南アフリカの縦断を済ませてあり、次は南米縦断に行く予定なのだそうです。

南アフリカでは野犬に噛まれて入院したこともあったそうです。

「そこまで危険を冒してまで、なぜ自転車で旅を?」と尋ねる僕に、クリスは「車やバイクは速すぎるんだよ」と答えました。

そしてこう付け加えてニカッと笑うのです。

「Easy life is boring.(楽な人生はつまらない)」
この口癖がなんともまあ格好良いのです。

初めてのスポーツ自転車

その後、パクセという町でマウンテンバイクをレンタルした僕は、クリスとともにワット・プー遺跡への往復80kmライドを経験します。

自転車屋のマウンテンバイクはどれもメンテナンスが行き届いているとは言えませんでしが、クリスはその中でも状態の良いものを見つけると、長さの合っていなかったチェーンを持ち歩いていたチェーンカッターであっという間に調節してしまいました。

サドルの高さや位置の調整も行ってくれたおかげで、そのくたびれたマウンテンバイクは僕が経験したこともない速さで走り出しました。

およそ旅行者などまったくすれ違わない未舗装の田舎道を自転車で走り抜けると、近くの村の子ども達がわらわらとやってきては「サバイディー!サバイディー!(ラオス語の挨拶)」と大声で叫びながら笑顔で追っかけてきます。

ワット・プーはラオスという国柄を表すようにこじんまりとして派手さはないものの、ゆっくりと流れる時間や、通り抜ける風が心地良かったことを今でも覚えています。

ワット・プー遺跡

初めて訪れた国で、旅人の定番コースを簡単に外れ、自由自在に寄り道ができる。
道に迷い、汗が塩に変わって顔に残った頃に、ようやく目的地にたどり着いた時の達成感。
何もかもが格別な経験でした。

これだ!
これだよ、これこれ!
これが僕の求めていた旅ってやつだ!

この頃には僕の頭の中で決意が固まっていました。
タイのバンコクまで行って自転車で旅を始めよう!

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