BRM903東京600ぐるっと安曇野9  ゴールまで

ブルベ

ラスボス若彦トンネル

ラストPCを出発し最後の峠に挑む

長野県から山梨県の間に存在する若彦トンネル。
このトンネルまでの登り、これが最後だ。

ロングライドで痛みが出やすい場所は他にも、手のひら・首・肩・腰・尻などがあるが、これらは比較的ダメージは少ない。

この頃になると疲労が胃に強く影響してきていた。
時折胃酸が喉を駆け上がってきて、焼けるように痛い。
この頃からほとんど固形食は取らなくなったように思う。
多めのパラチノースをスポーツドリンクに混ぜて甘ったるいドリンクを作り、それでしのいでいた。
気分は樹液で動く昆虫である。

右膝と左膝はペダリングのたびに痛みを告げてくる。

恵まれた天候と見晴らしの良い景色がなかったら気持ちが折れてDNFしていたかもしれない。

上九一色村

ゆるゆるとロードバイクを登らせていくと、道中に「上九一色村」の表記がちらほらとある。
ルートの研究を全然していないのでこの時初めて知ったのだが、このあたりはあのオウム真理教のサティアンがあったことで有名なエリアだった。

例の事件後にリゾート地としてイメージの払拭に新潟の銀行が乗り出したようだが、それは失敗しその後買い手はつかなかったとか。

このブログを書いている今調べてみると、上九一色村は2006年に北部が甲府市に、南部が富士河口湖町に分割合併されて無くなってしまったのだそうな。

きれいな川が流れる穏やかな村のように見えたが、自分が子供時代に日本中を震撼させた大事件の拠点とされていた場所かと思うと、どうしても背筋に冷たいものが走る。

開発の進んでいない秘境のような美しい景観なのに、訪れる人は少なそうだ。
もったいないなと思う。

しんどさのピーク

長い長い坂だった。

距離にしてどのくらいあったのだろう?
30kmぐらい山を登っていたんじゃないかという気がする。

なにより辛かったのは、前半20kmくらいの間にコンビニどころか自販機まで見当たらなかったこと。
これには苦しめられた。
何度か民家を訪ねて水をもらおうかと思ったほどだし、流れる川が綺麗だからそのまま飲んでしまおうかと考えた。

午後のいちばん気温が高い時間だった。
もうこんなシンドいことはやめて、近くの川にドボンと飛び込んだら、そんなもん絶対に気持ち良いに決まっている。
無意識に河原に下れる道を探しながら登っていた。

旧上九一色村役場の前を通ったとき、窓口に人がいたのを見たときは、
「すみません、水を分けてもらえませんか」
と訪ねようかと思ったけど、恥ずかしくて通り過ぎてしまった。

この自販機を設置した方に飯をおごりたい

そんな極限状態でようやく見つけたのがこの自販機。
自販機を見つけて「っしゃああああ!」と叫んだのは初めてかもしれない。
このとき飲んだ炭酸入りグレープジュースの爽快感。最高だった。生き返った。

5分ほど休んでジュースを一気飲み、さらにボトルに水をつめて再び長い坂を登っていく。
皮肉なことにこの自販機のある駐車場を通り過ぎると、ごろごろ他の自販機が見つかった。
設置場所のバランスの悪さよ…

若彦トンネルが見えた

人間追い詰められてくると愚痴が出るもので、1人でぶつぶつ言いながら登っていました。

「なんで最後にこんなキツい登りが…」
「コース設計者はドSに違いない」

などなど。

長い長い登りの終わりである若彦トンネルが見えたときの感覚は、子供の頃にプレイしていたRPGゲームの鬼のように強いラスボスを倒したときに近いものがあった。

苦しさの分だけ達成感が半端ない。
まだ残り116km残っているけれど、これで大きな登りはすべて倒した。

下り基調になるこの地点から、どれだけ巡航速度があがるだろうか。
自分の体は疲労しているし、睡眠もあまり取れていない。さらにはこれから日も暮れる。
転倒をしないよう慎重に走ろうと決めながら、若彦トンネルに入っていった。

川口湖を素通り

河口湖を通過した証明として一瞬だけ停止して撮影

いいところですよね、山梨県の河口湖。
旅行に来たって感じがするし、美味しそうな飲食店もたくさん。
なにより富士山の堂々とした姿が間近で見れるのが素晴らしい!

河口湖に来るのが初めてだったら、いろいろ立ち止まって写真撮影したり、美味しいもの食べたりしていただろうな。

スピードを緩めることなく日の沈みかけた道を走り抜けていきます。

ラスト100km!

100km切った!

ゴールまで残り距離が100kmを切って二桁になると、「もうすぐゴールだ」と思ってしまうランドヌールは自分だけじゃないと思うけど、普通に考えたらこのボロボロの体調であと100km走るって結構頭のネジがぶっ飛んでいるなと思う(笑)

ロードバイクを自販機の横に止め、アクエリアスを購入。
それをボトルに詰め替え、パラチノースと混ぜながら考える。

ゴールのリミットが22:40なので、あと5時間で100km走る。
グロス平均20kmが必要だ。

ポジティブな要因はここから始まる道志みちの長距離ダウンヒル。
ネガティブな要因は神奈川県の橋本に入ってから始まるだろう信号峠。

なんとも…微妙…

考えても仕方ない。
昔の人は言った。
「下手の考え休むに似たり」

結局自分にできることはペダルを回すことだけ。
ルートを間違えないよう、転倒しないよう、事故に合わないよう気をつけて走る。
間に合わないかもしれないけど、やりきったと言える走りをしよう。

こういう敗色濃厚なときにいつも頭をよぎる言葉がある。
それは学生時代の友人が言っていたもの。

「勝てないときはどう負けるかなんだよ」

その友人は別に大して深い意味をこめて言っていたわけじゃないだろうけど、なんとなく辛いときには思い出す言葉になっている。
胸を張れる負け方は次につながる。

それに何より、「こんなにキツい山岳ブルベは再挑戦したくない!一回で終わりにしたい!」という気持ちが強かった。

長い下りは体が冷える。
雨具の上着だけを防寒対策で着込み、自販機を離れた。

山伏トンネルを通過し35km以上続くダウンヒル

まさにボーナスタイム!
飽きるほどに長く続くダウンヒルが始まった。

この頃には完全に両膝が終わっていて、まともなペダリングなどできていなかった。
腹筋の力で腿を引き上げ、腹筋の力で腿を跳ね返す。
そんなイメージのペダリングをしていた。

斜度3%程度あろうものなら、ダンシングで体重だけでペダルを踏んでいた。

この長い下りは本当にありがたい。
集中力を切らして落車しないようにだけ意識を払いながら、進んでいく。

停滞していたグロス平均速度がどんどん回復していった。
平日の夜だったので車の数も多くなく、信号に捕まることもないので、安定してスピードが出せた。

道志みち。自販機で飲み物購入時に撮影

橋本から武蔵中原まで

ここが最後の正念場。
山は終わって橋本からは市街地を走行してゴールの武蔵中原を目指すことになる。

ここで渋滞と信号峠にはまることがあれば、走行開始からのリミットである40時間、つまり22:40までにゴールするのは難しい。

道志みちのダウンヒルで大幅に巡航速度をあげられたものの、それでもまだギリギリ。
ゴールまでの距離が近づくにつれて、どれだけのスピードで走らなければリミットに間に合わないのかハッキリしてくる。

過去に二子玉川周辺に3年ほど住んでいたことがあり、混雑具合は想像がつく。
正直間に合わないかと思っていた。

が、どうしたことだろう?

橋本から武蔵中原まで向かうコース、これが秀逸だったのか、まったく渋滞に引っかからない。
信号での停車もわずかな時間ですんでいる。
平日の夜だったことも幸いしているのか?

さらに自分の走行スピードも上がっていた。
当然ここまでくれば大きな登りはないのだけど、新百合ヶ丘周辺などはそれなりのアップダウンがある。
これを登るとき、体が圧倒的に軽いのだ。

ゴール間近の高揚感でアドレナリンが出ているのだろうか?
自分で驚くほど速い!

残り45分で10km、いける!

ゴール前に撮影した最後の写真がこちら。
ボトルの中身が空っぽになっており、脱水症状気味だったので自販機で水だけ買った。
止まらずにゴールまで走り切ることをせず、最後まで慎重だった自分を褒めたい。

ゴールの直前には武蔵溝ノ口がある。
ここは平日の夜でも酔っぱらいが駅周辺をフラフラしているのが怖い。
最後に事故を起こすなんてまっぴらゴメンである。

警戒心をマックスにしながら武蔵溝ノ口を抜け、南に走る。
「本当に間に合うんだ、初の600km、そしてこの獲得標高のコースをゴールできるんだ」
我ながら奇跡的なペースで時間的ビハインドをひっくり返したと思う。

そして、ゴールのローソン武蔵中原駅北口前店の青い看板が右手に見えてきた。

ゴール

ロードバイクをコンビニの壁にもたれかけ、急いで入店。
ゴールの証明のレシートを手に入れるのだ。

相変わらず胃がボロボロで胸焼けがひどかったが、スカッとゴールの爽快感を得たいと思ってコーラを冷蔵庫から掴みだす。

たぶん、その時の自分は鬼気迫る表情だったのだろう。
店員さんがやや怖気づいたように聞いてきた。

「レシートは必要ですか?」

いるに決まってんだろ、ボケェエエ!
と、ゴールしたことでテンション高くなりすぎて叫んでしまいたいところだったが、

「もちろん!」

と熱量抑えた回答することに成功した。

こんなに美味いコーラはない

ゴールしたんだ…

だれも周囲に祝ってくれる人はいないけど、心の中の幸福感はとんでもなかった。
夜中の武蔵中原駅前でひとり笑いだしてしまいそうなくらいハッピーだった。

このレシートを求めて600km、富士山を1.7回登るような獲得標高をロードバイクで走ってきたんだな…
と、なんどもレシートを眺めてしまう。

コーラを飲み終わると、どっと疲労がでてきた。
まだ終電には間に合うけど、ここから輪行の準備をして埼玉県飯能市のアパートまで帰るのはキツすぎる。

近くのビジネスホテルを探し、当日予約をした。

川崎国際交流センターホテルにチェックイン

ゴールした時点でこのブログも切り上げようとしたのだけど、ホテルに着いてからの自分の体の変化が面白かったので、そこもまとめておくことにした。

川崎国際交流センターホテルは武蔵中原駅から歩いていくには少し遠いロケーションにある。
しかし、その安さと設備の良さは素晴らしかったので、お近くにお越しの方はぜひ泊まってみてもらいたい。

武蔵中原発着のブルベは結構多いので、また利用する機会もありそうだ。

ロードバイクも室内に入れさせてくれた。部屋が広い!

なお、夜間にチェックインしようとすると、ホテルの入り口がものすごくわかりづらくなっている。
自分は周囲を歩いていた警備員さんに案内してもらってホテルのフロントにたどり着けた。

感じの良いフロントスタッフの方にチェックインの対応をしてもらった。
神奈川の県民割も使えたので、実質宿泊費は1000円程度だった。

ルームキーを部屋に置きっぱなしで、オートロックがかかってしまった。
フロントスタッフの方に対応いただいて解決してもらったが、自分の疲労が限界まできていることを実感する。

このまま床に倒れて寝てしまいたいくらいだったが、疲労が取れずに朝になって後悔しそうなのでシャワーを浴びてベッドで寝る決意をした。

服を脱いでみて驚いた。
体がガリッガリになっているではないか!

普段の自分は肩幅広めで体格もガッチリしている。
体重も72kg前後はあった。

体重計がこのときなかったのが残念極まりないのだけど、どう見ても65kg以下になっていたと思う。
ロードバイク1台分は軽くなっている。
そりゃラストスパートしていた時に登りが楽になるわけだ。

服を脱いだら急に吐き気が襲ってきた。
トイレに向かって嘔吐。
固形物を全然摂取していないので、胃液だけがでる。
胃にも相当な負荷をかけていた。

20代の前半の体格に戻っていた。
まるでタイムスリップしたかのような感覚だった。

シャワーを浴びる。
頭から塩が流れてきてしょっぱい。

そうだ、浴槽に湯を溜めて筋肉をほぐしておこう。
湯を溜めて、浴槽につかるべく身を屈めたところ……弱りきった膝が体を支えられなくてケツをバスタブに強打した。痛い。

入念に体をほぐしていると気づいたことがある。
足の指がほっそりしているのだ。
指同士の空間が広がりすぎてスカスカしている。
痩せると足の指の太さまで変わるんだなぁーと驚いた。

バスローブを着てベッドに倒れ込む。
すぐに寝付けるかと思ったが、体が活性化しているせいか、ゴールで飲んだコーラのせいか、寝付けない。

時間がもったいないので、スマホでランドヌ東京さんのリモートブルベカードでゴール手続きを済ませた。
その途端、急激な眠気が襲ってきて一気に深い眠りに落ちた。



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